わたくしなりの毎日

これがわたくしなり(^^)ということで、私だから思うことや感じることを、毎日ゆるゆる綴っていきます。

過去の傷~今だから分かること~

怒りの発端は、1年近く前の出来事に遡る。

もうかなり前の出来事だけど、

私の中ではくすぶり続けていたんだと、

怒りを感じたことで気がついた。


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その時のやりとりでは、相手もきっと傷ついたと思う。

でも私だって、めちゃくちゃ傷ついた。


あの言い方。否定されたと思った。

それが悲しかった。

あんな言い方されたことが本当に悲しくて、

いっそ突き放した方が楽だと思った。

私の心は潰れそうだった。


ただ分かって欲しかっただけなのに、

配慮して欲しかっただけなのに、

気にかけて欲しかっただけなのに、

“大抵” とかなんとかでひとくくりにしないで、

頭から否定しないで、

『そう思うんだね』って分かって欲しかっただけ。

それだけだったのに、悲しかった。


それでも、ズタズタに傷ついても

相手は仕事で関わりのある人だったから

頑張って普通に接してた。

受けたばかりの傷は、晒したまま。

でも相手は、私とのやりとりであったこと、

全部態度に出してきた。

受けたばかりの傷をえぐるような、相手の態度。


周りに人がいるのに、私の状態なんて無視して、

私だってすごく傷ついたのに、

自分だけが傷ついた顔をして、

自分の傷だけを見せつけてきて、

『私の状態なんて考えてくれないんだ』

っていうのが、また辛かった。


その状態のまま、私は仕事を辞めた。


契約期間満了による円満退職だったけど、

契約を更新しなかったのは、

この相手の態度があまりに酷すぎて、

「もう無理」と感じたから。

『仕事だから』と頑張るのにも

限界があったということだ。


それ以後私は、

相手と全く会っていない。


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これ、考えてみると、私が私にしていたことを

そのまんま相手を通して、見てただけなんよね。


【現象は内面の投影】


例えば『相手の態度があまりに酷すぎた』

というのは、つまり、

『傷を見ない私の態度があまりに酷かった』

ということであり、

『仕事だからと頑張るのも無理がある』

というのも、そのまんま。

『私の状態なんて考えてくれないんだ』

という言葉も、相手に言ってるようでいて、

《心が痛んでいるのに考えてくれない自分》への

思いだったと思う。


やはり、物事には解決する時期というか、

『タイミング』というものがあるんだよね。


今となれば分かるんだけど、

あの時の私は、相手と普通に接する為に

自分が受けた傷は見て見ぬをふりしてた。

それは、自分の傷を直視すると、

相手と普通に関わる事は出来ないと思ってたから、

なんだけど、言い換えれば、

自分が受けた傷の深さを分かっていたのに

放置していた、ということなんよね。


“分かって欲しかった” という悲しさと

悔しさがいっぱいだった私の傷。

でも、相手との関わりを優先した私は無視した。

そんな私に対して、嫌な態度を取り続けて、

私は悲しさを上塗りし続けることになった。


当たり前だよね。


自分が自分の傷を後回しにしていた。

蔑ろにしていた。

だから、相手にも後回しにされたし、

相手は自分の状態ばかり、私に見せつけてきた。

自分の傷を分かって欲しいと思っていたから

分かって欲しい=分かってもらえない、

と感じる景色を私は見ていた。


私が私にしていたことを見てたんだよね。


とすれば、もしあの時の私が、

自分の手当てに集中していたら、

どうなっていたかな。


全ては、あの時からの1年で、様々な事があって、

【内面の投影】などの理解も進んだから

分かったこと。だから、過去を考えても

仕方ないんだけどね。


そういえば、相手の態度があまりに酷くて

普通に接するということを止めてしばらくしたら、

あれだけ私を無視していた相手から

視線を感じるようになったことがある。


最初は、私の態度がガラッと変わったから

気になるんだろうと思ったけど、

態度を変えた後の何日かは視線なかったし、

私の態度が変わった理由が自分にあることは

分かってたはず。それでもあれだけ

視線を向けてくるようになったというのは、

やはり現象は、内面ありきってことなんだろうね。