わたくしなりの毎日

これがわたくしなり(^^)ということで、私だから思うことや感じることを、毎日ゆるゆる綴っていきます。

現象に対しては何もしない

これまで、好きな人とうまく行った時などを振り返ってみると、私は驚くほど能天気だった。

現象に対して、特別な何かをしたことはない。

そりゃ、話しかけたりとかはしてた。でも「現象を変えてやろう」「早く変えたい」という意気込みは全くなくて、おしゃれを楽しんだり、話すことを楽しんだり、姿を見れる時間を楽しんだりしてた。

その行動の土台にあったのは、

「この人は私のことが好き」

という確信。

「この人、私と話せて幸せなんだろうな」って
本気で思ってた。

目の前の現象では、連絡先も知らなかったし、好意を伝え合ってたわけでもない。

でも、私は確信してたんだよね。

思い込んでたわけではなく、ホントにそう決めてた。そしてただただ、愛されてる私を楽しんでた。

目の前にいる彼を、私のことが大好きな私に設定してた。話せなくて残念な日は残念がったし、会えなくて寂しかった日は寂しがったけど「彼は私のことが好き」って設定はそのまま。本気でそう思っていたから、彼が他の人と話してても「私の気を引くため」としか思えなかった。
(意図、決定、意識の上での事実)

そしたら、現象もそういう現象になった。
(現象は後追い、内面の投影、過去、かつて内面で叶えたこと)

私はその後、エゴのいいなりになって、愛されてる私の設定を取り消してしまった💦
(意図の取り下げ、撤回)

そしたら、やっぱりそういう現象になった。
(現象は後追い、内面の投影、過去、かつて内面で叶えたこと)

この時も、現象を変えようと意気込んでいたわけではない。特別な何かをしていたわけでもない。
けど、彼に対する自分の接し方は、自然と試すような接し方になっていった。

自分の意識が「嬉しい」「幸せ」「楽しい」より、「悩み」「不安」「心配」という感情に、どんどん染まっていくのは自覚があった。それは雪崩のようだった。染まっていくに従って、自分の意識に自信が持てなくなった感じ。愛されてるかどうか、それまでは現象関係なく、自分の意識でそう決めていたのに、現象を見て判断するしか出来なくなってしまった😓

現象を見て答え合わせして「やっぱり愛されてないかもしれない」と不安になって、また悩んで、どうにかしなきゃと現象に対して何かして、でもうまくいかなくて悩んで・・・ いつだって、現象に対して何かする時程、うまくいかないループにはまってた。

当たり前なんだけどね。現象に対して何かするっていうことは、その現象を事実として採用すること。

その現象を事実として採用したらどうなるか?
その現象を構成している認定、意識、自分に与えている属性をまた採用したらどうなるか?

そりゃループするよね。


現象は現象として放置でいい。
いまの自分の意識と、
どんなにギャップがあっても構わない。

放置。

『かつての私はこんなことを叶えていたのか』
→おわり。

現象に対しては、
本当に何もしなくていいと思う。